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麻雀~麻将~Mahjong
高見沢治幸(麻将連合)です。 マージャンに関することを書いていきます。 よろしくお願いします。


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宇宙流

Author:宇宙流
1979年 最高位戦Bリーグ入り、麻雀プロとなる。
1997年 麻将連合結成とともに参加。
1998年 中麻(国際公式ルール)を覚える。
麻将連合、日本健康麻将協会、日本麻将体育協会の一員として活動しています。

麻将とは賭けないマージャンのことです。



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1997-07 古書解題 第7回「麻雀入門」広津和郎著
第7回『麻雀入門』広津和郎著
 初版 昭和5年9月。東京神田・誠文堂発行。十銭文庫第11番。縦148ミリ、横88ミリ。124頁。10銭。
「麻雀入門」広津和郎著


〔著者紹介〕広津和郎(1891~1968)は早大卒の小説家・評論家。大正5年から10年まで鎌倉に住み、久米正雄、菊池寛を知る。大正15年から昭和5年(1930)まで馬込に住み、尾崎士郎、宇野千代を知る。本人は放浪が多かった。昭和24年(1949)に起きた松川事件の二審判決を批判し、38年最高裁で無罪を勝ち取る。

 広津はせっかちでした。マナーにうるさかったのですが、本人はよく先ヅモをして謝っていたそうです。また清一色癖があって、6枚、7枚からでも悠々と清一色を企んだそうです。これでは「常に負け麻雀」と言われたのも無理はありません。

 本書は十銭文庫の第11番となっています。2か月半で35版を数えるほど売れたからか、70番台には麻雀書がずらっと並んでいます。

 76番『麻雀必勝法』広津和郎
 77番『麻雀高等新戦術』川崎備寛(昭和6年2月)
 78番『麻雀早和り法とガメクリ法』川崎備寛(77番と同時発行)
 79番『麻雀超スピード上達法』空閑緑(昭和6年1月)

【1】序文《麻雀は花札などと違って、すこぶる明るい遊戯である。いすに腰かけて4人で〓和〓子を囲むと、すぐに新鮮な興味がわいてくる。日本の花札のようにこくのある細かい味はないが、陰気臭いところは少しもない。
 家庭遊戯としてもかなり愉快なものであると思う。運動することの少ない日本の家庭婦人などには適宜の運動にもなって保健的でもある。

 また本来、支那の遊戯であるから、在留民国学生がクラブに出入りして広く邦人に接する機会が生じたことなども、一つの余得である。これまで下宿屋を通してしか知り得なかった邦人に対する見解なども自然と異なってくることと思う。》

 〓和〓子(ポンホウ・タイツ)とは麻雀卓のことです。

 【注】最初の〓は石へんに並。後の〓は木へんに台。

【2】牌の模様の由来については、こじつけだと評しながらも、2通り紹介しています。

 《「東・南・西・北」は空間、すなわち天地乾坤を表すもので、世界至る所という意味を表示したものである。

 「白板・紅中・緑發」は時間を表したものである。「白板」は天地創世以前の混沌たる状態で、「緑發」はそこに生命の発生したことを意味し、「紅中」はそれより盛んに無限に向かって伸長する壮厳性の表示だというのであ
る。

 「索子」は竹の節の絵を描いてはあるが、稲とか麻とか主要農産物を図案化したものである。

 「筒子」は金銭の表示であり、「萬子」は数字で無限の富の集積の可能性を表したものである。》

 《「索子」は麻だ。麻の糸を巻いたものをがらがらやって、その管を数える、その数字を表したのが「萬子」だ。たくさんの数をかぞえて金に換える。それが「筒子」だ。

 「東・南・西・北」は世界至る所という意味である。

 「緑發」は人間の発達心、「紅中」は真心、「白板」は純白な性質の表現である。》

 目についた誤字は直しましたが、「壮厳性」は意味不明でそのままにしました。

【3】ピンフ・ツモ
 《ただし、鎌倉地方に行われる麻雀にては、平和門前清自摸和了の場合は、その自摸和了2点を加えず、単に副底の両飜とするやり方がある。》

【4】四槓算了
 《その刹那に競技やり直しになります。無論四槓目の人が嶺上開花する権利も楽しみもありません。搶槓だけはできます。なぜというに、搶槓は槓にならんとしてならざる一瞬の間に成立するからです。

 注意 同一人の四槓は嶺上開花の権利を認め、その和了を満貫とする地方があります。》

 〔訂正〕5月号の3行目に「『サンデー毎日』に連載」と書いたのは間違いでした。わたしの読解ミスです。おわびして訂正します。
──────────────────────────────────

 以下、当時の覚え書き。

◆林茂光著には《当時大阪においては大毎のサンデー毎日誌が懸賞募集で「社交的室内の遊戯」として麻雀が当選したので、同誌上にこの競技法を連載したが、筆者もこの競技法を書いて、単行本にして発行(同年7月)した、……》とあります。

◆発刊の辞から抜粋します。
 《わたしは誠文堂を始めまして以来、ほとんど20年になりますが、その間実用書籍の出版に専念してきた者であります。

 とかく人々は書籍を愛玩物視したがる傾向がありますが、読書ということは人として欠くべからざる事項であり、書籍あるいは新聞雑誌のごときものは米飯と等しく日用生活の必需品であると信ずるのであります。

 したがって、大衆のための実用書籍に金箔皮革の装丁が行われているということは、実用以上のぜいたくでありましょう。

 十銭文庫はあらゆる虚飾を省き、しかも美観を損なわず、冗文を排して簡潔に要諦をとらえ、これを百数十ページの冊子にまとめたものであります。
    昭和5年秋 誠文堂主 小川菊松》

◆その後には八大月刊雑誌の一つとして『ゲーム』(この年1月に創刊したのはゲーム社。翌6年の1月号は出たが、早々に『スポーツ』に衣替えした?)も載っています。

◆冗長な文章なので、余計な修飾語は省きました。

◆広津は牛込プランタン派の一人で、佐々木茂索らと同じ文壇1期生と言えます。ちなみに川崎備寛は3期生。

◆本書の発行日は、6月号で紹介した『標準規定麻雀闘牌法』の5日後ですが、まったく対照的で「連盟」という単語すら見当たりません。本当に広津が書いた本でしょうか。名前貸しだったように思えてなりません。

 この1年ほど前に川崎備寛が書いたエッセイによると、広津は麻雀から遠ざかっていたそうですし。

 本人が書いたと思われる部分を2か所、抜きだして紹介します。
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【2007/08/20 17:53】





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