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麻雀~麻将~Mahjong
高見沢治幸(麻将連合)です。 マージャンに関することを書いていきます。 よろしくお願いします。


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宇宙流

Author:宇宙流
1979年 最高位戦Bリーグ入り、麻雀プロとなる。
1997年 麻将連合結成とともに参加。
1998年 中麻(国際公式ルール)を覚える。
麻将連合、日本健康麻将協会、日本麻将体育協会の一員として活動しています。

麻将とは賭けないマージャンのことです。



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1997-01 古書解題 第1回「麻雀精通」榛原茂樹著
◎古書解題(『プロ麻雀』に連載したものを推敲しました)

 『プロ麻雀』1997年1月号から「古書解題」を連載しました。古書はそれなりに集めていましたが、執筆する自信は全くなかったのが本音です。

 時はミュー発足前夜。「この指、止まれ」から1年後で、最高位戦は秋の選手総会で、井出洋介代表から新津潔代表にバトンタッチ。
私たちは毎月、準備会を開き、97年春の発足に向けて地固めをしているところでした。
──────────────────────────────────

第1回『麻雀精通』榛原茂樹著
 初版 昭和4年11月 東京銀座・銀雀会発行。定価2円。
 改訂版(306ページ以降488ページまで増補したもの)昭和6年3月。東京日本橋・春陽堂発行。定価1円70銭。
「麻雀精通」改訂版

 著者は本名、波多野乾一。産経新聞の記者で『中国共産党史』を著す。昭和38年死去。米国当局、中国に関する書物・資料をあらかた持ち去る。

 著者についてはその後、研究が進み、江橋崇法政大学教授が「波多野乾一(榛原茂樹)と梅蘭芳」という論文を書いています。
http://www.kenko-mahjong.com/topics/ebashi2.htm

 この昭和4年(1929年。著者は西暦を多用している)というのは、麻雀がブームになった年で一般の年表にも記載されるようになりました。
 また、本邦初の雀譜(牌譜)が採られたのは、この年の7月13日でした。著者の考案によるものです。(およそ50年後、鈴木知志氏の解説で『ビッグ麻雀』昭和53年3・4月号に掲載された)

 序文より。
 《麻雀に関する解説書はずいぶん多く出た。遅れて出るからには、何らかの存在理由がなくてはならない。本書は北京麻雀で育てられた私が、日本へ帰って約9か月の間、「日本麻雀」というものに打つつかつて、かつ討論し、かつ研究した記録で……。理論麻雀学の最初の述作、とまでの自信はないけれども、それに似たものでありたいとは願っている。》

 この本の最たる特徴は、他の著作を参照し、一般的なルールを紹介したあとで、自説を展開していることです。
 また、改訂版でなく巻末に増補する形を取っています。後半はばらばらの論文を並べただけになっているのは、いい加減なやり方と言うべきでしょうが、そのために史実の確認には非常に役立ちます。
 用語は、初出時に中国語ローマ字表記(当時はウェード式)とカタカナのルビが振ってあります。

 まず冒頭で夏目漱石の『満韓ところどころ』を引用し、1929年4月までに出た解説書を17点挙げた後、それらを総括しています。

『満韓ところどころ』第19段より
http://www.aozora.gr.jp/cards/000148/files/781_14965.html
 《その中(うち)の一つでは四人(よつたり)で博奕(ばくち)を打っていた。博奕の道具はすこぶる雅(が)なものであった。厚みも大きさも将棋(しょうぎ)の飛車角(ひしゃかく)ぐらいに当る札を五六十枚ほど四人で分けて、それをいろいろに並べかえて勝負を決していた。その札は磨いた竹と薄い象牙(ぞうげ)とを背中合せに接(つ)いだもので、その象牙の方にはいろいろの模様が彫刻してあった。この模様の揃った札を何枚か並べて出すと勝になるようにも思われたが、要するに、竹と象牙がぱちぱち触れて鳴るばかりで、どこが博奕なんだか、実はいっこう解らなかった。ただこの象牙と竹を接ぎ合わした札を二三枚貰って来たかった。》

 『精通』に戻ります。
 《(前に挙げた既成解説書も)いわば地方的麻雀の解説者であるに過ぎない。上海麻雀であり、北京麻雀であり、満州麻雀であり、朝鮮麻雀ですらある。前掲各書の著者たちは、いずれもその習い覚えた地方的麻雀を振りかざし、われこそ本場の麻雀なれと見栄を切っているにすぎないのである。》

 参考になる点を数か所紹介します。

【1】《それのみならず私は、将来この遊びが団体競技として完成されることを予想している。すなわち4人を1組とする団体競技であって、総得点数、平均点数、プラスの回数、勝率などを考慮した公平な採点法によって順位を決するようになるのである。》

【2】牌山、河の作り方《邦文の既成案内書の全部は、井圏を真四角に組むように書いてあるが、北京あたりでは17幢の右肩を斜めに突き出し、上図のように組む。……最新の方法と言える。》

【3】チー《吃とかけ声してこれを取り……》

【4】王牌《林茂光氏の説によれば、開槓があると各自の得点が大きくなるから、それを防ぐために1幢ずつを進め、早く王牌に達せしむる趣旨だとのことであるが……なにぶん誤解を生じやすい方法であるから、常に14個とする説を私は採るものである。》

【5】《和-ゲイムの目標……和もしくは栄は、麻雀競技の最終の目標であるから、絶対に強力なもので、和の手段である槓、石並、吃は、太陽の前の螢火のようなもので、和の前にひれ伏さなければならないのである。
 ただし暗槓だけには、和の効力は及ばない。何となれば暗槓による開槓は、単に持ち牌補充のためにするものと解釈すべく、河中に投げ出された牌ではないからである。
 しかるに従来十三ノム(Shih-sun Yao)らの役に限り、暗槓にも和の効力を及ぼし得るように規定した向きがあったが、これは改められなければならぬと思う。》

【6】《(和の)変態として十三ノム、十三不搭、七対子の3つがある。(中略)私の理想としては変態を認めぬことにしたいと思っている。》
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